だまされて、シュリーナガル

 

デリーでまんまとだまされる

 

インドに入国した次の日、僕はまたデリー国際空港に戻っていた。このスケジュールはまったく事前に決めていたものではない。飛行機に乗る5時間前までは夜行列車に乗り、砂漠の都ジャイサルメールに行こうと考えていた。

 

そうならなかったのは、だまされてしまったからに他ならない。飛行機の行き先は、ジャンムー・カシミール地方の夏の州都、シュリーナガル。インドとパキスタンが領有権をめぐって衝突するカシミール紛争が行われている都市だ。結果的には23日間のインド旅行の中で、いい意味で一番印象に残っている場所になったので、だまされてよかったとも言える。

 

ただ、これからインドに訪れる人は、だまされずデリーを脱出してほしいので、どのようにだまされたのかを振り返りたい。思い返すと、ジャンムー・カシミールまでいくならラダックやレーに足を運びたかったな。

 

参考記事:近年最悪の緊張状態にあるカシミール紛争

 

 

 政府勤務なんて嘘じゃないか!

 

デリーの安宿街、パハールガンジの宿で目を覚ましたあと、朝ご飯を食べに出かけた。その日はどんよりとした曇り空で、早朝に降ったスコールの水たまりが道の至るところにできていた。水たまりを避けようと道の真ん中を歩こうとすると、オートリキシャ(インド版タクシー)がすごい勢いで突進してきて、「道は俺のもんだ!」と言わんばかりにクラクションを鳴らしてくる。

 

 

 

 

水しぶきをかけられるのも嫌だったので、パハール・ガンジのメインストリートまで出たところで、いったんチャイを飲むことにした。10ルピーはらい、紙コップに注がれたチャイを壁によりかかってすすっていた時に声をかけてきた男がいた。

 

漫画ワンピースのキャラクター「黒ひげ」を思い起こさせる見た目に反して、弾むようにして喋る「フマール」と名乗るその男は、どこに向かうのかとまず聞いてきた。

 

フマール:やあ、いつ来たんだい?中国人?

僕:昨日だよ。日本から。

フマール:ああ、そうなんだ。俺も昨日ムンバイから来たんだよ。久しぶりに会う友人がいてさ、夕方から会うんだ。これからどこに行くんだい?

僕:昨夜、ジャイサルメール行きの列車チケットを予約したよ。

フマール:そうなんだ、暑い季節によく行くねえ。

 

その後、インドの印象についていくつか言葉を交わしたのち、お互いの仕事の話になった。フマールは、government of indiaと書かれたカードを見せながら、「インド政府のムンバイ支局で働いているんだ」と話した。

 

真っ赤な嘘である。このカードは「Aadhaarカード」と言い、日本で言う住基カードのようなものだ。インド市民は結構持っている。しかし、その時は全く気づかず、僕はすっかりフマールを信じてしまった。

 

さらに決めてとなったのは、フマールがいじるスマホの画面をのぞいた時に映った画像だ。ロック画面に映ったのは、寝顔の可愛い男の子の写真。へえ、子どもがいるんだね。と尋ねると、はにかみながら「そう、もうすぐ2歳なんだ」と話してはにかんだ。

 

子ども思いのめっちゃいいやつやん、フマール。

 

と「子どもの写真を待ち受けにしている」=「騙さないいいやつ」と勝手に脳内で結びつけてしまった僕を、フマールは「めっちゃいいカモやん」と心の中でニヤニヤ眺めていたに違いない。

 

その後、流しのオートリキシャを捕まえたフマールと僕は、デリーの観光に出かけた。

 

 

 

 

いくつか寺院を案内してもらった後、「今後の旅行計画を一緒に立てよう」とデリー観光開発公団(DTTDC)に入った。もちろん、偽物である。地球の歩き方にも書いてあるが、デリーの旅行代理店には要注意だ。何回も何回も読んでいたのに、僕はすっかりフマールの言うことを信じるようになっていた。

 

暗くてジメッとした雰囲気が外から見て取れた。時刻は12時前。頭上からカッと照りつける太陽がその暗さを引き立てているようだった。ボロボロの建物の看板には、掠れた文字でDTTDCと書いてある。若干、「ここDTTDCじゃないよなあ」と思いつつも、フマールが言ってるしと自分を納得させて中に入った。都合の良いように解釈してんじゃねーよ、俺。

 

中に入ると、日本語を流暢に話すインド人が出迎えてくれた。歳は50歳と言ったところだろうか。いかにも仕事ができそうなひょろっとした男は、日本で貿易の仕事をしていると話す。半年は日本で働き、半年はデリーで働いているそうだ。店内を見渡すと、デリー観光開発と言うわりには、応接スペースも二つしかない上に、待合のベンチにはここで働いている若者だろうか、目つきの鋭いインド人の若者3人が座っていた。

 

「どこに行きたいんだ」と訪ねられても、僕はジャイサルメール行きのチケットを持っている。もう決まっているんだと話す。その時、「ここの場所なんてどうだ?美しいし、涼しいぞ」とフマールがシュリーナガルの写真を指さした。つくづく、フマールの手口は見事だと関心する。35℃を越える灼熱のデリーを日中に歩き回った後、僕は45℃にもなる砂漠地方に向かおうとしていたのだ。その写真は、ちょっとくらいすずしい場所に行くのもいいじゃないかと思わせるには十分だった。

 

「ここ、2泊3日でいくら」と僕が尋ねると。おじさんは電卓をパチパチと叩き、紙にドル換算した金額を書いた。その紙には、637ドルと書かれていた。

 

さすがに、この金額にはびっくりした。インドで637ドルなんていったら、下手したら23日間旅できる大金だ。さすがの僕も偽のDTTDCだとわかった。にも関わらず、ここで最大のミスを犯す。帰ればいいのに、価格交渉の仕事をしていた僕は値切りに入ってしまったのだ。シュリーナガルへの片道航空券の値段も知らないのに。

 

頭の中で、航空券含めて往復の航空券、宿代、食費、行き帰りの送迎などまとめて3万円ならばいいかなと見積もった。6割の値引きである。まあ、そこまで値びくこともないだろうと思っての金額だ。ところが、僕の予想を裏切って価格はするすると減っていった。400ドルまで下がった時に、いちど一悶着あったものの、30分後には285ドルまで下がっていた。「もうこれ以上は下げられない」とおじさんはプリプリ怒りながら電卓を見せてきた。

 

約3万円まで下がったのに気をよくした僕は、チケットをとってしまった。その後の展開は早かった。「飛行機は14時だから今すぐホテルに荷物を取りに行け」とおじさんに言われ、チケットをとって1時間も立たないうちにデリー国際空港に到着していた。

 

だまされた!と騒いで、何か暴力を振るわれても嫌だったので、フマールとはホテルの前で穏便に別れた。「なあ、思い出にその時計くれよ」と別れ際に言われた時には笑ってしまった。情に訴えてくる手口にはもう乗らない。

 

 

 

 

空港でwifiに繋いで航空券の値段を調べてびっくりした。なんと、片道5000円ほど(2017年6月当時)だったのだ。宿代入れて、美味しいご飯食べても2万円あれば十分だろう。しかも、シュリーナガルはカシミール紛争の舞台だと知り、急に胃が痛くなってきた。

 

利用方法は特段国際線と変わらなかったが、僕が持っているのは予約の内容が書かれた紙1まいだけ。空港内には入れたけれども、そもそも、偽の代理店がしっかりと宿をとっている保証はどこにあるのか?銃撃戦になったりしてないのか?

 

不安は尽きないまま、飛行機はシュリーナガルへと飛び立った。

 

 

 - たずねる