散歩のお供に古地図を持っていくのいいかも

 

こんにちは。

寒暖差が激しい日が続きますがみなさんいかがお過ごしでしょうか。

 

大晦日である12月31日、歩き旅応援舎さんが主催しているイベント「古地図散歩に行こう!」に参加してきました。内容はイベント名のとおり、江戸時代末期に作られた古地図「江戸切絵図」を持ちながら東京を巡ろうというもの。

 

 

中学生の事から大晦日の過ごし方は変わっていません。ただ、だらだら過ごすというもの。11時ごろに起きて、太陽の日を確認し、こたつでミカンを食べながら横になりお昼寝し、気づいたら夕方になっていて、笑ってはいけない〇〇を見て、たまに紅白歌合戦を見て…というルーティーンです。

 

頭をからっぽにして過ごすのも悪くないのですが、おそらく日本国民の8割は僕と同じくだらだらタイムを過ごしているでしょうし、街歩きをするには人が少なくて最高なのではないかと考えイベントに申し込みをしました。

 

 

そもそもなぜ古地図に興味を持ったのか。それは彫金の先生がきっかけで、先生は古地図アプリを使って散歩をするのが好きなんです。

 

しかし、話を聞いても面白さだったり、どういう風に古地図を使って散歩を楽しめばいいのかイマイチわかりませんでした。教室の帰り道、「ここは川が流れていたんだよ!」と教えてもらった道をてくてく歩きながらスマホにアプリをダウンロードして使ってみてもさっぱりわかりません。

 

悔しい。

自分には見えない世界を見ているというのがすごく羨ましい。

 

古地図アプリを使い始めて1カ月経ったころ、首都高が江戸時代からある川の上にある事に気づきます。調べると川は国が所有しており、用地取得の容易さを考えた上で首都高を川の上に建てたようです。江戸時代に幕府が整備された水路が現代の都市計画に影響を及ぼしているなんて面白いじゃんか!

 

少しずつ古地図散歩の面白さがわかってきたため、ガイドをしている人がどんな視点で街を歩いているのか気になり参加した次第であります。

 

案内してくださったのは歩き旅応援舎代表の岡本永義さん。

 

街道歩き歴17年、五街道をはじめとして多数の旧街道を歩いたが、特に東海道は現在までに5回踏破、現在も6回目に挑戦中。 江戸の町あるき歴は20年。江戸時代の古地図を片手に東京を歩き続け、盛んな好奇心と探求心から今も新たな発見を求め続けている。
現在、セブンカルチャークラブ講師、よみうりカルチャー講師、東冠「大人のコミュニティーカフェまたあした」古地図散歩講座講師、L.L.Beanアウトドア・ディスカバリー・パートナーズ・ガイド、イオンカルチャークラブ講師、目黒学園カルチャースクール講師、街歩きの達人ガイドなど。 (歩き旅応援舎HPより抜粋)

 

今回は水道橋~東日本橋までを3時間歩くコース。

以下、気になったポイントや面白いと感じたところ。

(中には真相が明らかになっていない説も含まれています)

 

 

河岸

 

 

水道橋西口から後楽園の方に歩き、川沿いを歩いていくと市兵衛河岸がある。河岸とは荷上場として使われていた場所で、スロープ状になっている。市兵衛とは、日米修好通商条約をハリスと結ぶために尽力した岩瀬市兵衛忠震の事。

 

 

吉祥寺の由来

 

 

東京都立工芸高等学校がある場所は吉祥寺という寺があったが、火災で焼失して移転している。

現在の吉祥寺は、明暦の大火で逃げた門前町に住んでいた人々が武蔵野周辺に移り住み名付けられた。

 

 

外堀通りの下にが用水路がある

 

 

水道橋の橋から川を覗くと川幅が広くなっているのがわかる。平成5年、外堀通りの下には治水のために用水路が作られている。このお茶の水分水路は水道橋~昌平橋までつながっている。

 

 

駿河台の由来

 

明大生には校歌でおなじみの駿河台は、もともとあった神田山を削って埋め立てを行ったところ高さが低くなってしまったため駿河台と名付けられた。駿河とは家康駿府(現在の静岡市葵区)から江戸に戻ってきた旗本が住んだ事による。

 

 

お茶の水の由来

 

 

鷹狩の帰りに立ち寄った徳川秀忠が、この土地の水でお茶を沸かしてみたらめちゃめちゃ美味しかった事から。(鷹狩で疲れてたから美味しく感じたんじゃないのか…)

 

 

徳川埋蔵金伝説はここから始まった

 

 

小栗上野介忠順は江戸時代末期の勘定奉行。徳川の大金を隠したという噂から徳川埋蔵金の伝説が生まれる。

 

 

アート七福神

 

 

山下恒雄氏作の作品。

これは完全におっぱ…いやあ、アートって素晴らしいですよね。

 

初見では見つける事が出来ない旧萬世橋

 

 

旧萬世橋の残り。神田明神の奥の方の予備知識がないと絶対に見つからない場所にある。

 

 

古地図が大事ではなく、視点が大事だった

 

イベントに参加してみて、古地図を眺めて歩くだけでは何も面白くないという事がわかった。

大事なのは街の風景の中に自分なりの発見を見つける事だったり、興味を持った事をそのままほうっておかないで調べる事だった。

 

発見を調べてみて、江戸時代にルーツがあるとわかった時に初めて古地図が生きてくるなあと。僕にとって古地図は発見の楽しみを増幅してくれるような使い方が丁度よいと感じた。

 

江戸時代の知識が豊富ならば古地図を持ちながら歩いてみても面白そう。

…知識があると面白がり屋になるのかも知れない。

待ち合わせの時間よりも早く着いてしまった時に少し街を歩いただけでも、楽しく時間を使う事が出来るとしたらすごく幸せな事だな。という訳で時代小説にはまっていくのでした。

 - たずねる